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九州の冬は、麦の中耕(なかうち)の時期である。当時は、今のようにトラクターや耕運機はないから、麦の畝と畝の間を一鍬一鍬、一列一列耕していた。腰が痛くなる作業であった。小学生だった自分には、耐えがたい腰の痛さだった。
作業を逃れる方法はないか。名案を思いついた。宿題が沢山あることにしよう。「今日は、宿題がいっぱいあるから・・」と言ってみた。
「そりゃあ、大変だ。早くなかうちしてしまわんと、宿題、間に合わないよ。」
麦秋の頃は、雨も多い。短い晴れ間に、家族全員で、大急ぎで麦刈りをする。学校は農繁休業になり、子供が手伝いをするのは当たり前だった。
そんなある日の午後、不注意に引いた鎌が跳ねて、指にグサッときた。傷口から白いものが一瞬見えて、あっと思った次の瞬間、どっと鮮血が吹き出した。「イテーッ」と叫んで、ぱっと傷口を押さえた。両親は、鎌を放り出して駆けつけてきた。
父は、あぜ道のヨモギの葉を引きちぎって強く揉み、それを傷口に押しつけた。少し痛みが増したように思った。母は、手ぬぐいをビリッと引き裂いて、ヨモギの上から、しっかり縛った。ヨモギの葉から漏れた血で、手作りの包帯が赤黒く染まった。
包帯を巻き終えた母は、私の手を自分の掌に載せて、言った。
「痛かろうが。バカだねえ。自分で痛いだけならいいけど、親の手まで休ませて」
今やるべきは何か。どうやるべきか。いつも、明確だった。
母は、もう、いない。
どうしよう、と未だに迷う自分がいる。
