思いっきり哲学

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これまでは、哲学という言葉に引っ込み思案だった。
なんとなく、キザで、見栄を張っているようで、哲学などと言う言葉を口にするのも書くのもこっぱずかしいという状況であった。

しかし、哲学は信念の基である。生きる指針でもある。哲学したからと言って、何ら恥じることはない。これから生きて行く時に、自分が持っていなければならない信念は、哲学がないと生まれ出てこない。

妙な自縛は捨てて、思いっきり哲学したい。
残り少ない命であっても、いやむしろ残りが少ないいのちであるからこそ、思いっきり哲学して、信念を持って生きた、と思いたい。

いのちの始まりと継承

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命が地球上に現れた時、最初の一つを誰がどのようにして作ったかは、わからない。
神様が作ったのか。
それとも自然に、必然的にできたのか。
はたまた、偶然に生まれたのか。
経緯はよくはわからないが、地球上に命という一つの自律的な構造が生まれて、それが、増殖してきた。

どのようにして増えたか。
それは、分裂である。
一つの細胞が、二つに分裂することから、 増殖が始まった。
細胞内に遺伝情報が保存されるまでは、自己複製ということはほとんど不可能であったであろう。
自分の情報を確実に保存できるようになって、自己複製が可能になった。
そして、命が永遠化された。

 

 

いのちがいのちを創る

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初めに、いのちでないものからいのちが生まれた。いのちは自分と同じものを作る能力を身につけた。
その時から、いのちは、いつも新しいいのちを創り続けてきた。
その作業が、38億年続いている。

はじめはたった、1つだったいのちが、次第に増えて、今ではどれだけあるのか、正確に数えることすらできない。

いのちは自分と同じものを作るだけでなく、自分と少し違うものも創り出してきた。
それを進化と言っている。
新しく生まれてきたものが、あたかも新しい仕組みを獲得したように言っているが、本当は、その親が新しい仕組みを持った子を生み出したのである。
生まれてくる子が、自分で自分を作ったわけではない。

生まれてくる子を作ったのは、親である。