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人生で逃げてばかりというのは、あまり褒められたものではないが、逃げたために、助かったと言うこともある。逃げることが100パーセント悪いわけではない。
子供の頃から、真正面から取り組むのが嫌で、逃げてばかりいた。一つは、近くにガキ大将がいて、そいつにはいつもやられっぱなしだったから、そいつから逃れるために、いつも逃げ回っていた。時には仕方なく同調しても、100パーセント同調するということは一度もなかった。
考えてみると、自分が好きなことがあっても、それに100パーセントのめり込むということもなかった。どこかに冷めたところがあって、のめり込む自分を見つめている自分がいた。どんなにのめり込んでも、10パーセントぐらいはどうしてものめり込めない部分が残っていた。
それがいつの間にか、自分の生き方になってしまっていた。100パーセントのめり込むと、失敗したとき破綻する。しかし、90パーセントのめり込んで10パーセントを残しておくと、残っていた10パーセントが主役になって生きていけることもある。
ただ、10パーセントを残して90パーセントの人生を送っていると、どうしても、人生を全うできていないという悔いが残る。1回くらいは、100パーセント打ち込んで燃え尽きてしまう、ということがあっても良かったのではないかと思う。
最高が90パーセントでは満たされないものがある。
人生には、どんなことが起こるかわからない。昨今では、予想しなかった天災も多く起こっている。このような状態は、ほとんどは、カタストロフィーである。
天災だけで無く、社会的にも、自分の中にカタストロフィーを起こすことがある。自分の中に起こるカタストロフィーを避けるためには、10パーセントの安全地帯が、自分の中に残っている事が大切である。どんなときでも、冷めた自分がいて、10パーセントだけは冷静でいられるという部分があれば、なんとか耐えられる。
逃げることは必ずしも良くはないが、逃げることで、自分が助かると言うこともある。
自己カタストロフィーを避けるために、10パーセントの安全地帯を自分の中に残しておくという生き方は、必ずしも悪くはないだろう。最高が90パーセントではと言う悔いを除いては。
